好きなものはたくさんある。ブースターパックを開ける瞬間、ちゃんとデッキが回った時、
ショーケースのレアカードを手に取る瞬間、カードファイルを眺めている時。苦手なもの
もたくさんある。酢豚のパイナップル、痛いこと、団体行動、暑苦しいこと――勝手に自
分の中に入って来られること。



誰かに笑いかけられたのなんて、いつ振りだろう。逃げ出すように神殿を抜け、傾く太陽
に背を焼かれながら、ふとそんなことを思った。まだ、バトルフォームの重みと、ライフ
で受けた痛みを覚えている。同時にあの、焼けるような熱い視線と、薄くなっていくデッ
キを思い出して、身震いする。身体の奥がじわじわと熱を帯びる。



「……楽しかった、とか……そんなわけ、ない」


ぎりぎりと爪に歯を立てながら、誰に弁解するでもなく呟く。辺りを染め上げる赤が、嫌
でもあの男の姿を連想させた。



「足、痛かっただろうな……」


思い切り踏みつけた靴の感触が、今でも残っている。どうしても、差し伸ばされた手を取
ることはできなかった。笑いかけてくる理由が分からなくて、ただ怖かった。あの手を取
っていれば、変われたんだろうか。……いや、そもそも、初めから手を取る気なんてない。
慣れ合う気なんてない。



「……ああいうの、すっごい苦手」


背中が焼けるように熱い。


「……すっごい苦手」


人懐っこそうな笑みを脳裏にちらつかせたまま、硯秀斗は、ただ少しでも彼から遠くに離
れたいとだけ思った。



2011.4.1

ダン硯習作

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